佐渡版画村美術館

小島 多恵子
公益財団法人サントリー文化財団 上席研究員

 江戸時代、金の採掘で栄え奉行所も置かれ、佐渡の国の中心地であった相川は、江戸・大阪・京に並び、日本で最も人口の多い土地の一つだったという。その後金山が閉山され、すっかり寂れてしまった今の町を見ると、往時の繁栄の逸話に驚きを隠せない。その相川にいくつか残る重厚な木造建築のひとつが旧相川簡易裁判所である。この建物は現在、佐渡版画村美術館として観光客や版画好きの人たちに親しまれている。この美術館に展示されている版画は、アマチュアの、佐渡に暮らす人々の作品が中心なのをご存知だろうか?

 この美術館が設立された経緯を語ろうとすると、話を1950年代まで遡らなければならない。1949年、両津高校の教諭に高橋信一さん(故人)が就任した。高橋さんの卓抜な指導力により、同校は56年から60年まで連続して郵政大臣賞を受け、「版画の学校」として知られるようになった。生徒の作品を集めて出版した『版画佐渡』(美術出版社、1964年)は、高校生の美術作品集としては異例の反響を呼んだ。

 1972年、高橋さんが公民館で開いた「年賀状版画講習会」がひとつの転機になる。講習会に参加して版画の魅力にとり憑かれた二人の島民が、農作業や山仕事が終わった後、バイクで1時間以上かけて高橋さんのもとに通い、版画の指導を受け始めた。そしてこのふたりも相次いで版画の賞を受賞したのである。

 「あいつらにできるんだったら自分にも!」という、とても分かりやすい動機で中高年の版画に対する関心が一気に高まった。1976年に高校を定年退職すると、両津高校を「版画の高校」に育てたように、佐渡を「版画の島」にすることが高橋さんの新たな夢になったのだ。その結果、佐渡全島の農村、漁村に次々と版画愛好グループ(版画村)が結成され、競い合い、高めあいながら版画の製作に取り組んでいった。

 高橋さんの指導は一口に行って誉める教育である。あだ名は「だちかん先生」。生徒や島民の作品を見ると、「ようてだちかん!」(=あまりにも良くて堪らない!)と言って、大きな手で肩や背中をばんばん叩いたらしい。高橋さんに誉められると嬉しくて、人々はさらに版画に熱を入れていった。もうひとつの指導は生活の中の美を見つめること。身の回りにある道具や農作物、家畜、身近な自然や郷土芸能を題材にして製作された作品は、次々に大きな賞を受賞。版画村メンバーの作品を集めたギャラリー展は、メディアで「版画の島」「農民版画」などと大きく取り上げられた。

 1984年、佐渡各地の版画村で製作された作品を展示した「佐渡版画村美術館」がオープンする。相川町(現・佐渡市)の好意で旧簡易裁判所を借り受け、募金を集めて美術館に改装した、地域住民念願の美術館である。地元のアマチュア作家たちの作品を常設展示するための美術館としては、当時、日本で唯一のものだった。現在においても、寡聞にして私は他に例を知らない。

 1986年、高橋信一さんは帰らぬ人となった。それでも高橋さんの意思を継いだ島民たちによって佐渡版画村運動は継続された。美術館では版画村の作品の常設展以外に、高橋さんの遺作や関わりのあった作家たちの企画展、観光客向けの版画体験教室の開催など、活発に活動を続けている。

 佐渡版画村美術館は一般社団法人佐渡版画村が運営する美術館、いわゆる私設美術館だ。昨年まで学芸員はいなかったので、博物館法でいうところの正式の美術館ではなかった。理事は全員版画村のメンバー、つまりは版画の実製作者で、農業や漁業従事者、自営業者や学校の先生、お医者さん、主婦など、普通の人々が務めている。

 実は私がこの美術館を訪ねたのは今から20年ほど昔のことである。冬の休館期間を間近に控えた11月。観光シーズンではないため、佐渡観光の目玉である金山でさえ観光客がまばらで、美術館に先客はいなかった。赤々とストーブが焚かれた館内は温かく、版画村のメンバーが案内をしながら、作者の生活や人となりまで詳しく教えて下さった。

 悲しそうな、寂しそうな目をして遠くを見つめているトキ、黄金のように輝く収穫されたばかりの稲穂、どっしりとした重量感と存在感を放つ農具、佐渡の荒海を照らす月、陽光溢れる春の里山。作品は素朴で力強く、はっとするような独特で新鮮な視線を持っていた。これほど長く記憶に残るような絵画との出会いは、私にとってそうざらにあることではない。そしてそれが地方のアマチュアによる美術館での出会いであったことは特筆すべきことだと思う。

 2000年からは、「はんが甲子園」(全国高等学校版画選手権大会)がスタートした。全国公募で集まった作品から4校を選抜し、選ばれた高校は3人1チームで5日間佐渡に滞在し、版画を制作する。版画家で日本版画協会理事長の磯見輝夫氏らを選考委員として受賞作を決定。高校生同士、あるいは島の住民との交流の中で生まれた各年の受賞作品が美術館ホームページで紹介されているが、高い技術と瑞々しい感性を感じさせるものばかりである。

 「はんが甲子園」には自治体から補助金が出され、地元観光業界などが特別協賛として協力している。文部大臣賞、県知事賞、佐渡市長賞も出る。全国各地での巡回展のみならず、2010年にはパリ展まで開催している。もはやこれは地方の一私設美術館の活動レベルを超えている。

 私は公益財団法人サントリー文化財団で、30年余りサントリー地域文化賞の選考に関わり、地域文化の調査研究を続けてきた。日本全国200ヶ所以上の地域文化活動を訪ねてつくづく思うことは、日本はアマチュア文化大国だということだ。現在、日本には伝統芸能の団体が3万以上、劇団が3千以上、様々な楽器奏者を揃えねばならず、結成に困難を伴うオーケストラでさえ千以上あるといわれる。合唱団となるとその数は数万にのぼり、日本アマチュア合唱連盟によると世界にも例を見ない数の多さだそうだ。さらにその質も高く、海外のコンクールで優勝、入賞するアマチュア芸術団体や個人は枚挙にいとまがない。

 カラオケが日本発の文化であることからも感じるのだが、日本人は文化や芸術をただ鑑賞するだけでなく、自ら創造することを非常に愛する民族なのではないだろうか。日本のアマチュア文化については拙著『ふるさとをつくる ―アマチュア文化最前線』(筑摩書房、2014年)をご参照頂ければ幸いだ。

 こうした日本のアマチュア文化、芸術活動の代表的な例が佐渡版画村運動であり、その美術館だと思う。版画という芸術を通して、地域に根ざした生活の中の美を見つめ、それによって一層愛郷心を育み、仲間をつくり、高めあい、助けあい、心豊かな生活を送る。佐渡版画村美術館の作品に接すると、芸術や文化は誰のために、何のためにあるのか、すーっと腑に落ちる思いがするのである。

出典:国立新美術館『NACT Review 国立新美術館研究紀要 No.2』、2014、p.288-289

佐渡版画村美術館
SADO HANGAMURA MUSEUM
〒952-1533
新潟県佐渡市相川米屋町38-2(Google Map
0259-74-3931


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